景山民夫「私は如何にして幸福の科学の正会員となったか」(太田出版

「俺にとっての民夫はフルハム三浦だけだぜ!」
、というわけで、景山民夫のこうした側面には目を向けないようにしていたのだが、 「あら、こんな本がお家に一冊あったら素敵じゃない?」という出来心、要するにネタとして買ってしまったのだが、ほんとに悲しくてツラくなる一冊だ。 嬉々として信仰を語ったり、無理解な世間に対する怒りをぶちまける民夫くんの姿は、飄々としながらも熱い感じで、ある意味ではまったく変わってないのだけど、その変わってなさがより悲しくなってくるというか。
あの景山民夫が、こんな子供騙しのイタコごっこバブル宗教(お前のような龍馬がいるかっ!)にハマるなんて、誰も考えもつかなかったしなぁ…。蛭児神建の「出家日記」を読んだときの「なんだかなぁ」という気分を想い出して何ともいえない感じ。 苦しみの中で救いを求める人の中には、他の何か(嫁だったり、宗教だったり、宗教やってる嫁だったり)を取り込むことで生き方を変えて救われようとする人がいるのだが、そんなことやったって、その人の根本の部分も、抱えている問題にしても結局のところ何一つ変わったりするわけもない。新しい生き方との間に産まれた新しい歪みがよけに痛々しく感じられるのは、ほんとにイヤな話ですな。
 こんな時は吉祥寺の「生郎」の半時間煮込まれた細めんを喉に詰まらせてみたくなりますね。